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【 コンサルタントのインサイト 】
本シリーズは、Regrit Partnersに所属するコンサルタントが過去に
携わったプロジェクトの経験を横断的に俯瞰し、個別ソリューション
や産業に関する独自のインサイトを発信する記事です
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株式会社Regrit Partners
Associate Director / Strategy
秋元 邦大

目次


1.新規事業・インキュベーションをやる意義

2020年に新型コロナウイルス感染症の拡大がもたらした「コロナショック」以前から、日本経済は少子化に伴う労働人口の減少などにより中長期的で見ると内需が縮小している。もはや国内の既存事業における事業展開のみでの成長戦略を描くのは困難な状況だ。
上記の前提において日本企業が生き抜くためには、アンゾフの成長戦略マトリクス的に整理すると外需を取り込む「新市場開拓」か、新規事業に挑戦する「新製品開発」・「多角化」しか道は残されていない。 (図➊)

図➊ 日本企業の生き残りをかけたアンゾフの成長戦略マトリクス

加えてコロナショックで一気に浸透した「DX」にも迫られ、インダストリーバーティカルな世界も崩れつつあり、追い打ちをかけるように既存のビジネスの継続だけでは持続的な成長が難しい環境となっている。このような状況下で企業に革新をもたらす新規事業やイノベーションの創出の重要性や必要性は、ますます高まっていると言える。(図❷)
一方、見方を変えれば少子高齢化をはじめとする様々な「社会課題」については、日本は他の先進国より先に直面する「社会課題先進国」とも言えるため、先んじて課題解決が可能な事が、日本企業の再成長への糸口にもなりえると考えている。

図➋ 日本企業の新規事業の必要性

2.既存事業の成功率を高めるポイント:新規事業との相違点を理解する

あらゆる企業・ビジネスパーソン・起業家が新しい事業・イノベーションを起こそうと血眼になっている。これは資本主義社会においては、成長を続けるための宿命といえる。
しかし、現実的には「新規事業が上手くいっている」と断言できる人は少数派となる。大半は苦戦し、試行錯誤をしながら少しずつ歩みを進めているものの、様々な制約から道半ばで諦めることも多い。そもそも、既存事業と新規事業では相違点が多く存在する。(図❸)

図❸ 既存事業と新規事業の相違点

過去の経験や実績、リソースなどが豊富な既存事業と異なり、新規事業においては、そもそも目標や対象となる顧客や市場が不明確なケースが多い。(アンゾフの成長マトリクスにおける多角化領域(飛び地)であればなおさら)様々な情報が不明確な中で検討を進めなければならず、計画の精度が低くなることで、必然的に新規事業の不確実性が高くなる。
このような状況の中でゼロから事業を立ち上げ、進捗やKPIを観測しながら試行錯誤を繰り返さなければならないため業績への貢献までに数多くの挑戦と長い時間を要する。経営トップやマネジメントとしては、早い貢献と実現性を求めるが、現実はそう甘くない。新規事業開発に臨む全てのステークホルダーで「多産多死」を覚悟の上、不確実性といかにうまく付き合いながら、限られたリソースで多くの挑戦と失敗を繰り返しながら成功確率を徐々に高めていく断固たる決意が必要となる。

3.新規事業開発の阻害要因

経営資源が乏しいスタートアップと異なり、一定の経営資源を有する大企業などで新規事業開発が上手くいかないのには、構造的に大きく5つの理由が存在している。(図❹)

① ビジョンや新規事業開発に関する指針・戦略がない
② 新規事業に即した制度・ルールが施行されていない
③ 良質な多産多死を実現するための組織になっていない
④ 自社の性質や特性、事業の不確実性に応じた事業開発プロセスを整備・実行していない
⑤ 新規事業開発推進の下支えとなるコミュニケーション・文化が醸成されていない

図❹ 新規事業開発の阻害要因の構造

現状で大企業などにおける新規事業が上手くいってないケースにおいて、多くの場合がこれらの課題のいくつか、あるいは全てに当てはまっているのではないかと推察している。
また、これらの5つの要素は新規事業に限らず、企業や組織が上手く回るための仕組みの5要素と言い換えることも可能と思っている。

3.1 ビジョンや新規事業開発に関する指針・戦略がない

これまで様々な企業で新規事業開発のプロジェクトなどに関わってきた中で、企業の中長期的なビジョンや、それを実現するための以下のような全社的な指針や戦略が曖昧なケースが多く、実際に新規事業開発に取り組むメンバーが四苦八苦しているケースが散見される。

 ーなぜ、新規事業に取り組む必要があるのか?
 ー自社における新規事業の定義は何か?
 ー新規事業の位置づけはどのようなものか?
 ー何を、どのように、どれくらいの規模感、いつまでに取り組んでいくか?

不確実性が高く、失敗がつきものである新規事業開発を成功に導くには、何を・いつまでに・どの程度やるのかといった、経営トップを中心としたマネジメント層の強い覚悟とコミットメント、ビジョンや戦略を描くことは、絶対に欠かせない要素となる。

3.2 良質な多産多死を実現するための組織・人材がいない

仮に全社的なビジョンや新規事業開発の方針や戦略が策定されていたとしても、それを高いレベルで実行し続け、良質な多産多死を実現するための組織や人材がいなければ、全ては絵に描いた餅となる。
冒頭で触れたがインダストリーバーティカルが崩れつつある世の中であるため、新規事業開発については業界・商品などは横断的な組織である方が強いケースが多いと推察される。先進的な一部の企業では、新規事業開発においては専門の部門や部署がマネジメント直轄になっていたり、別会社形式の出島などでの組織構造になっているなどの例が多い。(図❺)

図❺ 両利きの経営に向けた先進的企業の組織構造

米マッキンゼー・アンド・カンパニーは、事業成長を決める真の要因は「戦略」「実行力」「リーダー」「市場」の4つであると指摘しており、この4つのうちの70%以上は「市場」という単一の要因によって説明可能としている。裏を返すと、選択する「市場」さえ適切であれば成否を左右するのは残りの3つの要因と言い換えることもできる。そして、この3つは、組織と人材の中でも特に事業をけん引するリーダーに関するものだとも考えられる。「戦略」はリーダーによって策定されることが多く、「実行力」もリーダーを中心としたチームの人材や能力、リーダーのマネジメントによって生み出される。
そのため、新規事業開発の推進は特性を熟知・把握しているリーダーのもとで臨むことが推奨される。

3.3 新規事業という特性に即した制度・ルールが施工されていない

「2.既存事業と新規事業の相違点」でも説明した通り、既存事業と新規事業では様々な観点で異なる点が多く存在するため、新規事業に適した組織・人でなければならない。
しかしながら、新規事業と既存事業では、組織に対する考え方が180度異なり、多くの企業は既存事業に最適化された人事・評価制度の仕組みで評価しているため、同様の評価軸を使用すると弊害が起こる。新規事業に求められる人材は既存事業とは全く異なり、それに応じた評価方法が存在するべきである。既存事業においては、端的には「失敗しないこと」が評価点を稼ぐ近道となりがちだが、不確実性が高く、失敗ありきの新規事業においては、そのような減点方式は適していない。リスクをとって挑戦する人材が報われないとなると、挑戦する意思や気概を持った人材は出てこない。失敗に対して寛容で、挑戦が歓迎される制度設計が欠かせない。

3.4 自社の性質や特性や事業の不確実性に応じた事業開発プロセスを実行していない

インターネットや書籍などを通じて、新規事業開発の進め方やプロセスを解説しているものは数多く存在しているが、新規事業開発のメソッドや方法論に万能なものは存在していない。あくまでも自社の特性や取り組む目的、事業内容や置かれている環境などにより、ケースバイケースとなる。
しかし、新規事業開発の経験が乏しい企業においては、特定の方法を「よりどころ」としてしまう傾向があり、本来ならば新規事業を成功させるための手段に過ぎない方法論点が目的化した結果、「リーンスタートアップ」や「オープンイノベーション」と言った「手段」が先行する事態が頻発する。
スタートアップの事業開発を安易に模倣してしまう問題も、本質は同様である。既に隆々たる利益を生み出す既存事業の資産や人的リソース、ブランド力や顧客基盤などの一定の経営資源を有する大企業が、それを活かさずに新規事業を立ち上げるのは適切とは言えない。
最初から自社の経営資源ありきでしか事業を考えない、顧客が置いてけぼりになっているなどは問題だが、最終的に自社の経営資源が強みとして活きない新規事業開発が成功する可能性は極めて低い。

3.5 新規事業開発推進の下支えとなる企業文化・コミュニケーションが醸成されていない

これまで述べてきた通り、既存事業と新規事業開発の推進には数多くの相違点が存在する。成功まで膨大な時間を有し、失敗することが前提となる新規事業開発の成功確率を少しでも向上させるためには「失敗して当たり前、敗因分析の上で次に活かす」というような、ある種の開き直りに近い文化・コミュニケーションが必須となる。
こういった企業文化や、コミュニケーションの醸成には、経営トップやマネジメントの責任が伴う一方で強烈なトップダウンのみでは、現場のメンバーは「やらされてる感」が出てしまう。ランクや役職を問わずに新規事業開発に関わる人間には「何回失敗してでも、絶対に成功させる」という共通認識が必要となる。
また、こういった企業文化やコミュニケーションの醸成には、歴史がある大企業であればあるほどステークホルダーも増えていくため、膨大な時間がかかる。
ハーバード・ビジネススクール教授でコンサルタントでもあるジョン・P・コッターによると、企業文化やコミュニケーションなどの変革には、大きく8ステップ(図❻)ある。第一段階で危機意識を醸成してビジョンを提示し、第五段階で従業員を動かすというのは企業変革の常とう手段で、特に目新しいものはない。ここまでならどの会社でもやることだが、重要なのは第六段階の「短期的な成果を実現する」であり、新規事業において新しい発見があり、それが評価されるような仕組みも踏まえ、スモールサクセスを積み重ねることで変革がドライブする。
また一方で、意識改革や企業文化の醸成には、エビングハウスの忘却曲線(図❼)にもある通り膨大な時間がかかるため、「企業文化・コミュニケーション改革の必要性の認識」「長期的で継続的な取り組み」「経営トップやマネジメントの模範」などが重要となる。

図❻ 企業変革の8ステップ

図❼ エビングハウスの忘却曲線

-了-

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